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モーリシャス、暴動から平常化。傷跡生々しく。関連記事(1):1999-02-24 モーリシャス首都ほかで暴動発生、鎮静化へ関連記事(2):1999-02-25 KAYAさんの葬儀に多くの人々が参加 【26日キュールピップ/モーリシャス】 平静を取り戻したキュールピップ(RealPlayer G2)
昨夕、ラングーラム首相による平常化宣言が出されたのち、モーリシャスでは経済活動がほぼ正常に再開された。教育機関も1日(月)には休校をとくようだ。 モーリシャス国内では、今回の騒動に対する反省がなされている。国民的統合は果たして幻想に過ぎなかったのか。”皆が仲良くやっている平和な国”という自画像が試されるときが来ている。
その他ロータリーに建つ壊された時計台、割られたバスの発車案内、市庁舎前広場の焼き払われた乗用車など、ほぼ全市に破壊の跡が見られた。 人気セゲエ(セガとレゲエの融合)歌手KAYAさんの死に関する憶測(鑑別所内で頭に暴行を受けて殺されたというもの)がきっかけで起こった今回の暴動が、警察および政府だけでなく、外資系企業や国内銀行および一部の商店にも矛先を向けていたことは、 KAYAさんの死以外に暴動の潜在的要因になったものがあったことを物語っている。KAYAさんの死因は現在も調査中である。 第2波の暴動を先導したのは、主にポートルイス北部の貧困層出身の10代の若いクレオールの人達であった。 人口の30パーセント近くを占めるクレオールの中の一部の人々は、政府、そして社会から、十分な扱いを受けていないと感じているようだ。 KAYAさんの死に関するうわさが彼らにとって信憑性を持ち、また彼らの間に広がったのは、警察によるクレオール差別があると信じられてきた背景があったからだ。 暴動の先導者達は、KAYAさんの弔い合戦というスローガンを掲げるとともに、警察のクレオール差別を声高に糾弾していたという。 街の人たちは、この話題にはただ首を横に振るだけだ。この30年で最悪の騒動となったこの事件は、キュールピップの人々に大きな衝撃を与えた。 本日づけのある地元紙は、今回の暴動により、我々が今まであると信じてきた国民的統合が如何に幻想であったかが明らかにされた、と論じた。 *編集部追記…”排除(exclusion)”されているという理由でクレオールの中の一部の人達が首都での暴動を先導したとされているが、 実際に”排除”を受けているのは、彼らだけではないだろう。例えば、彼らが最大の非難対象とした、人口の三分の二を占めるヒンドゥー社会は、 歴史的に見て最も不利益な扱いを受けてきているという主張も出ている。この暴動がきっかけで、全ての社会・経済・政治的問題を民族問題にすりかえて語り、 モーリシャスの社会を、いつ民族不和が起きるか分からないような潜在的に不安定な状態に持っていく行動は慎むべきであろう。 しかし、事が重大な局面に直面しており、不透明で混乱しているときほど、わかりやすい図式に走ってしまいがちなのが本当のところなのかもしれない。 民族や宗教の違いは、考えなくてもすぐ目に付くものなのだから。 だがまさにそれを避けるために、落ち着きを取り戻した今、モーリシャスは国を挙げて話し合いに取り組もうとしているのではないだろうか。 |